馬毛島の所有者(地権者)は?買収額160億円、持ち主は何者か?

政府は、鹿児島県の無人島馬毛(まげ)島を米空母艦載機の陸上離着陸訓練の移転先として購入する方向で地権者と大筋で合意しました。

契約が最終的に結ばれれば、2011年の日米合意以来8年にわたる訓練移転に関する交渉が決着します。なお、購入金額は約160億円とのことです。

この無人島の所有者とは一体どんな人なんでしょう。

気になったので調べてみました。

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馬毛島とは 無人島になった経緯は?

馬毛島は種子島の西15キロに位置する無人島です。

面積は8.2平方キロメートルで、北海道の渡島大島に次いで日本で二番目に大きな無人島です。

鎌倉時代から種子島氏の領地となってました。漁師がトビウオ漁の時期に漁業基地としいましたが殆ど住民はありませんでした。

明治以降に牧場としての利用が試みられましたが太平洋戦争の末期、海軍の防空監視所が設置され無人島となりました。

戦後、農業開拓団が入植をし、ピーク時には500人以上が島に住み、サトウキビ栽培や酪農を営んでいました。

しかし、農業に適さない土地であり、また害虫などの農作物被害が増加し島民は徐々に減っていき、1980年に無人島となりました。

馬毛島の所有者(地権者)立石勲氏 滑走路など建設

馬毛島を所有者するのはタストン・エアポートという開発会社です。

この会社は立石建設株式会社という会社の子会社です。この立石建設を設立したのが立石勲という男です。1964年に設立しました。立石建設は’90年代に羽田空港の埋め立て工事などで業績大きく伸ばしています。

1974年、平和相互銀行により馬毛島開発株式会社が設立され、1975年に島ごと買収、レジャー施設建設の計画をしていましたが挫折し、島は放置されました。

1995年、立石建設が馬毛島開発を買収して子会社化し、社名をのちにタストン・エアポート株式会社に変更し、この子会社で島の開発を行いました。

馬毛島開発(タストン・エアポート)の社長を勤めていたのが立石勲氏であり、この方が実質的な所有者です。

最初は6割ほどの所有でしたが、10年以上かけて地権者から土地を少しずつ買い増したそうです。

立石勲社長は鹿児島県の枕崎市出身で若い頃はマグロ船の船長もしていて馬毛島は地元と語っています。

立石勲社長には馬毛島を国際貨物空港にする構想がありました。アメリカの航空輸送会社の拠点にすることを考えていたそうです。滑走路の建設も行なっていますがその費用負債総額は240億円と言われます。

しかし防衛省が硫黄島から訓練を移転させる候補地を探していると聞くに及び、「国のために役立てるなら」と防衛省との交渉することを考えるように気持ちが変わったと語っています。

立石社長は滑走路建設にかかった費用を回収するため、400億円ならと提案したそうですが、折り合いがつかず、交渉が長引くうちに会社の負債は膨らみ、会社を息子さんに譲ります。

その後交渉が進んだかにみえましたが、交渉内容に不満を募らせた勲氏が社長に復帰したりと、交渉は難航したようです。経営が悪化で島を売却せざるをえず、むなく合意したようです。

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個人でも無人島の所有者になれるか

購入から売却まで色々ゴタゴタあったような感じですね、これだけの金額が動くとなると一筋縄ではいかないでしょう。色々闇の部分もあったのではないかと推察します。

160億円とは自分には想像を絶する額です。生涯年収の何倍くらいになるのだろうか?いや何十倍か?

無人島を所有するってのはハードルが高いことです、ましてや個人ではなおさらです。

日本には島国ですから無人島は沢山あるそうです。その数は6000以上とか。

ところが、そのなかには不動産で購入することが可能なものもあるそうです。数は限られているようですが。

ちょっとしらべてみたのですが「無人島」「販売」で検索すると無人島販売会社のサイトありました。こちらに情報がありましたが、数百万のものもあれば、億単位のものもあるようです。さすがに160億円というのはないようですが。

無人島を購入する芸能人もいるみたいですが・・・僕には夢の夢です。

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