小島秀夫の退社理由は?人気ゲーム作家は何故コナミを辞めたのか?

ゲームクリエイター小島秀夫監督の最新作「DEATH STRANDING」がPS4で発売されました。

また、ツイッターのフォロワー数が最も多いゲームディレクター、インスタグラムのフォロワー数が最も多いゲームディレクターの2つが、ギネス記録として認定され発売記念イベントにおいて、ギネス記録認定式が行われました。

小島秀夫監督は2015年12月にKONAMI(コナミ)を退職し、新会社コジマプロダクションを設立、独立してゲーム開発を続けましたが退職については小島監督とコナミの確執が囁かれていました。

小島監督がコナミを退社した理由は何だったのでしょう。

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小島秀夫監督の経歴と実績 コナミとの確執

小島秀夫監督は数々の名作ゲームを生み出してきたゲームクリエイターです。世界中に熱狂的なファンがいます。

小島 秀夫(こじま ひでお )プロフィール

生年月日:1963年(昭和38年)8月24日
出身:東京都世田谷区

著名な実績:
『メタルギアシリーズ』
『スナッチャー』
『ポリスノーツ』
『ZONE OF THE ENDERS』シリーズ
『ボクらの太陽』シリーズ

受賞:
ゴールデンジョイスティックアワード2014 特別功労賞
D.I.C.E. Awards2016 Hall of Fame
The Game Awards2016 Industry Icon Awards

小島監督は1986年にコナミに入社し数々の名作ゲームを開発して日本のみならず海外でも高い評価を得てきました。2005年に自身の開発チームである小島プロダクションが発足されました。

2006年にコナミが持株会社へ移行、それに伴い、新設子会社であるコナミデジタルエンタテインメントに移籍、同時に執行役員クリエイティブオフィサーに就任します。以降、コナミデジタルエンタテインメントの専務執行役員、執行役員副社長、上席執行役員、エグゼクティブコンテンツオフィサーに就任しています。

2015年社内の制作体制変更により小島プロダクションが消滅し、同じタイミングで小島自身も執行役/部長職から外されます。小島プロダクションは一制作部に再編されましたが、部員は社内でインターネット環境から切り離され、小島も情報発信を止められた「幽閉」状態にあると報じられました。

このころからコナミとの確執が感じられます。入賞したゲームの受賞式への参加が雇用契約を理由に会社から認められず出席できなかったこともこのとき報じられています。

小島秀夫監督のコナミ退職理由

Metal Gear Solidシリーズの作曲者、Rika Muranaka氏が、小島監督とコナミとの決裂についてThe Codec Podcastのインタビューで以下のように語ています。

コナミと小島氏が袂を分かった主な理由は、小島氏が報酬をサラリーで貰っていて、ゲームのプロフィット・シェア(収益から報酬を配分)をしていなかったことだ。

〜略〜

彼女の目には小島氏は素晴らしいクリエイターであり、おそらく当代最高のクリエイタだが、コナミが期待するような、しっかりしたビジネス感覚は持っていない。

〜略〜

クリエイターと経営側のゲーム製作に対する考え方の違いが理由のように思います。

小島秀夫監督自身は東洋経済のインタビューでは以下の様に語っています。

コナミを辞めたとき52歳でした。残りの人生が短いので(笑)自分の好きなことをしたかった、というのもありますが、「インディーズでの起業にこだわった」わけではないんです。自分に求められていることを実現するための選択が、現在のコジマプロダクションという形態だっただけです。僕がこの業界に入った30年前は、ビデオゲームを作るためには、ある程度の資本がある企業やスタジオに所属するしかなかった。開発はもちろん、パブリシティや販売など企業の体力が必要だったのです。でもこれからは、そうではないんです。

〜略〜

小島監督ほどの世界的なクリエイターになると、会社という組織の中では思うようにできなかったのでしょうか。大企業で働くことを否定しているわけではないようですが、自身の年齢のことも考えて思うように自由にやりたくて独立の道を選んだようです。

またインタビューの中で、ゲームを作るのに大企業にいることが必要ではなくなってきていること、自分の意志を直接反映できる組織を作る必要があることを語っています。

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制作側と経営側のギャップ

僕もモノづくりの仕事をしているのでこういう感覚はよくわかります。

作る側はこだわってもっといいものを時間をかけてと思うのですが、予算や納期の制約があり、営業や経営側とは常に意見・思惑の対立があります。

もちろん経営側の都合もわからなくはないのですが・・・

信じられないような納期を要求されることも多く、早くしろ、とばかり言われて「これをやれというのか・・・」「あいつら現場を全然わかってねえな・・」といつも考えています。

(・・・すいません、ぼやきですね)

製作と営業の対立、現場と上層部とのギャップ、こういうのは永遠のテーマなのかもしれません。

小島監督はインタビューの中で、

30年間、コナミで開発を続けてきました。

僕がコナミに感謝しているのは、作りたいモノを提案したら作らせてくれたことです。

とも語っていました。

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