上白石萌音 メキシコのどこにいた?子供時代留学した日本人学校は?

女優・上白石萌音さんは父親の仕事の関係で小学生のころ3年間メキシコで暮らしていたとバラエティ番組ではよく話を聞きます。上白石萌音さんはメキシコのどこに住んでいたのか、また、萌音さんが通っていた日本人学校について調べてみました。

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上白石萌音 教師の父親転勤で子供時代メキシコで生活

上白石萌音さんは妹の上白石萌歌さんとともに芸能界で活躍する人気女優ですが、萌音さん姉妹は父親の仕事の都合上、小学校3年生から5年生までの3年間メキシコで生活をしてい時期があります。帰国子女だったんですね。

萌音さんがメキシコへ行ったのは2006年、8才のときです。

メキシコは日本より国土が5倍広く、また、メキシコ人は人柄が陽気なことで知られています。私はメキシコといえばタコスくらいしか思い浮かばないのですが、街並がカラフルで色々と刺激を受けそうな感じですよね。

子供時代に海外で暮らしていたなんて色々受けた影響は大きかったことでしょう。日本に帰ってきてから芸能界入りしますが、きっとご自身の活動への影響もあったと思います。

萌音さんは父親の職業が教師で転勤が多かったそうです。出身は鹿児島県ですがお父さんは地元の中学校で社会科の教師をしていたそうです。

萌音さんが小学校3年生になるときにお父さんがメキシコの日本人学校へ赴くことになり、家族でメキシコに渡り3年間暮らしました。ちなみ母親は元音楽教師でピアノを教えていたそうです。両親が揃って教師だったんですね。メキシコで父親は現地の日本人学校で日本語を教えていました。

教師って転勤があるから大変だと思います。小学校の頃毎年転勤する先生を見送って寂しい思いをしたのを思い出します。でも萌音さんは当時は楽しいところに行けるって感じだったそうです。小さい頃はそう考えますかね。

上白石萌音

上白石萌音が留学した日本人学校は?メキシコのどこに住んでいた?

上白石萌音さんはメキシコのどの学校に留学したのでしょうか。メキシコには日本人学校が3つあります。

  • アグアスカリエンテス州アグアスカリエンテス市のアグアスカリエンテス日本人学校
  • グアナファト州イラプアト市のグアナファト日本人学校
  • メキシコシティの日本メキシコ学院

この中で萌音さんが通っていたのは首都メキシコシティの日本メキシコ学院(Liceo Mexicano Japones,A.C)です。

この学校のことは「人生最高レストラン」にゲスト出演したときにも紹介されていました。

上白石萌音がメキシコで通っていた日本人学校 日本メキシコ学園

日本メキシコ学院はメキシコシティの南部に位置しており、設立は1977年、この学校は同じ敷地内に小学校と中学校があり、萌音さんはこの小学校に通っていました。

萌音さんのお父さんはこの学校で日本語を教えていました。その学校に萌音さんは通っており、萌音さんも父の授業もうけたことがあるそうです。

また、日本コースとメキシココースの現地校が同じ敷地内にある学校です。

小学生の頃、メキシコに行っていた時に、私の通っていた日本人学校がすごく珍しくて、同じ敷地内に現地校もある学校だったんです。

引用:https://www6.nhk.or.jp/

こういう学校は珍しいそうですね。萌音さんは現地校のメキシコ人の生徒たちと休み時間に一緒にサッカーやバスケットボールであそんだり、学校行事も一緒にやっていたそうです。そういうときはスペイン語で話をしていたそうです。

萌音さんは語学が得意で英語検定は2級、スペイン語は検定6級の資格をもっています。

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上白石萌音さんが住んでいたのはメキシコの首都メキシコシティです。

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メキシコシティでの思い出 ドライブや思い出の料理 別人に変わった?

萌音さんがメキシコシティで生活していたときは家族でオペラハウス「べジャス・アルテス宮殿」に民族舞踊を観劇に行ったり、車で20分ほどのところにピラミッドがあり、よく見に連れて行ってもらったりして、お父さんにはよくドライブに連れて行ってもらったそうです。

メキシコシティ街中の地元の人がいくタコス屋さん「エルリン コン ラ レチューサ(El Rincon de la Lechuza)」によく食事に行き、そこで食べたメキシコ料理「ソパ ・ デ ・ トルティージャ」は思い出の料理だそうです。

この頃は眼鏡をかけており、メガネっ娘でした。

メキシコの日本人学校に通っていた頃の小学生の上白石萌音

可愛いですね。

萌音さんが言うには「メキシコに行っていなかったら今の自分がなかった」という人生を変えたところなのだそうで、メキシコは第二の故郷というほど懐かしいところなのだそうです。

メキシコ。
また帰りたいなぁ。。
第二の故郷。
人付き合いが苦手で塞ぎ込んでいたわたしを変えてくれた、ラテンの地。
メキシコに行っていなかったらきっとこのお仕事もしていなかったと思います。
引用:上白石萌音公式ブログ

萌音さんはメキシコに行く前の日本の学校では小学校ではクラスでのけもの状態で、人が怖くて内向的に少女だったそうです。たまたまそのタイミングでメキシコに行くことになりました。

大らかで陽気で人がよいメキシコ人と触れ合っていく中で心が開いていき別人のように変わって行ったそうです。環境が変わったことで、内面が変わっていったようですね。

日本に戻って来てまた同じ学校に通ったときは学校に馴染むことができたのだそうです。メキシコに行って楽しい人生に変わることができたんですね。メキシコでの楽しい生活に救われたんですね。おそらく萌音さん独特の魅力はそういうところにあるのかも知れないですね。

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以上、上白石萌音がメキシコのどこに住んでいたかでした。

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